近況報告をまじめ…くらめ?に。
※仕事している人からすると、私がなんともおこちゃまに感じられるかと思いますが、一応前提として、私はお金を払って学生をしている身だと思って読んで頂ければと思います。
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忙しくて忙しくて…というより本当は忙しくないのかもしれないけれど、精神負荷がいつの間にかどすんと私のうえにあぐらをかいていた。 その重みに耐えかねた体は、先々週の水曜に、症状をみせた。 いま、大学に行こうとするとき、取りまとめをしている展示会のことやプロジェクトのことを考えるとき、体がかゆくなります。 皮膚科に行ってみたけれど、見える形で症状として現れていないので、原因がわからない、とのことでした。 自分でネットで調べてみたところ、多分、皮膚掻痒症? とりあえず薬を飲んだり塗ったりしています。
一週間、ある先生から展示会のシンポジウム(本当は先生が企画するから先生同士でコンタクトとるべき)について毎日毎日、メールと電話で「ブログで紹介したいから精査された情報を送る」ように催促がきました。これが最近では最もつらい圧力で、少しでも遅かったり、出来なかったりすると「責任がある行動とは思えない」「行動がそもそも遅い」などと言われました。行動が遅いのは自分でも分かっていましたが、責任感がないと言われた事は、自分の中の何かが壊れるような感覚がありました。
加えて同時期、所属している研究室の先生からプロジェクトの件で呼び出しを食らいました。この、プロジェクトの中の1アイテムは、これまであまりうまくいっていない状態から引き継がれたものでした。それでもなんとか関わる方法を模索して、造形でのサポートが唯一できること、となって、これを失敗するとプロジェクトとして流れるような状況でした。私は多忙さから、その造形を先生に相談なく(しかも1日で)制作し、確認する前に送付してしまいました。そのため、今回、激怒した先生と対面することとなりました。 「プロジェクトの命運がかかっているという状況が分かっているのか」「これまでどれだけお金と人員と時間を費やしたと思っているのか」と怒られました。これは全くその通りで、私に非があると思っていたので受け止めました。しかしながら、「責任感ないとしか思えない」と言われたことは受け止められず、心がパリンと割れました。
責任感とは何なのでしょうか。結果が伴わないと責任感がないと言われてしまうのでしょうか。 責任感がなければ、前者はそもそも私の管轄外だから対応なんてしませんし、後者は研究計画書をまるっきり無視され配属されたプロジェクトですから任務を全うしたいとも思いません。自分なりに時間や体力、本当にやりたいことにかける時間、お金、いろいろ費やして出来る事をしていました。(でもこれは、している「つもり」止まりだったのかもしれません。) 今までのことが一瞬で崩壊するくらいの「責任感がない」という言葉が大嫌いになりました。
叱られてから先生に対して独特の不信感?恐怖?…なんとなく壁ができてしまいました。 一昨日、追いコンでお酒まじりでようやく少し、素直な気持ちを話せて、先生も受け止めて下さいました。…と言いたいところですが、最後に「そもそもこれはお酒の場で話す事でもないし、泣きながら話す事でもない」と言われてまた壁が厚くなってしまいました。大切な事ってそんな風に、話すシーンを考えなければならないのですね。涙を伴わなければ本音を上手く話せない私は、ではどうすればいいのでしょう。
1年間つもりにつもった、それぞれは「少し」のもやもやですが、それが集まりいま、とても大きくなってしまいました。毎日心を殺して、すべきことをやっているような状態です。
このままではプロジェクトとしても良くないし、体にも悪いので…4月からの身の振りを少し考えています。 どんな風に変化させるかは分かりませんが、少しでも自分の気持ちが前を向けるような状況に変えられたらと思います。
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