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デザインを学んでいる都会に不慣れな田舎者が右往左往する日記
ぬるさとはげしさ
今の彼と大きな衝突もなく仲良くやっていけているのは、適度なぬるさと激しさがあるからかなと思った。

私には、ゆるくぬるくありたい部分は確実にあって。
例えば今日何を食べようかとか。
…それは決めるのを面倒くさがるからかもしれないけれど。
けれど選択してもらったことに対しては全力で向き合っています。
とても美味しく頂くし、美味しいものは美味しいと言います。

そんな、家族みたいな部分が、ぬるさ。

激しさは、アレのとき。
いつものひょうきんさは見えなくなり、甘く強く、包み込むように支配してくれます。
がっしりとした腕で力強く捕えられると、とろけそうになります(…書いてて恥ずかしくなってきた!)

この部分がなかったらおそらく、ときどき物足りなくなってしまうかもなぁと思います。


あ、
衝突がないのは、彼は面倒な絡まりを「めんどくさ!しらね!」と言うからかもしれません。
深刻なことも笑い話みたいに話します。
…しかしこれは、私にはまだできていないこと。
彼の持つ独特の「心の豊かさ」みたいなところは本当に尊敬できます。
相手を尊敬できるのは、いい関係ということかなぁと思っています。

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ここからすこし、学業のはなし。

なんか、多分、デザインの部分に於いては彼にはそのうち抜かれます。
けれど後輩だった人が自分よりデキるってことは学部時にたくさんあったし、それは普通のことで。
それに最近は遭遇しなくなっていただけだと思うので、もっとゆるく、変化に対して構えてみようかと思い始めました。

自分より明らかにすごい、という人(先生としてでなく、同じ立場の人として)の数が、ここ一年では(同じ分野で)めっきり少なくなってしまったことがまずいなぁと。
外身ばかり偉そうになって、自分の密度が低く、そして愚かになっている感じがします。
後輩にアドバイスしたり、同期の学生と話したりするけれど、途中でなんとなく、偉そうな自分が気持ち悪くなってきます。
自分が成長できているのか、物凄く不安。
吸収が足りていないのだと思う、あと、手が動かせていない。

得手不得手はなんとなくわかるけど、
不得手の克服と当時に、得手をもっと愛してゆきたきものです。



学業に向かう姿勢、毎日の過ごし方から見直したい。
せめてあと9ヶ月は。
[2012/05/14 19:04] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ごぶさた!
ひさっっびさの更新となりました。

修士論文の題目も決まり、やるべきことやる+しゅうかつ+久々に自分のやりたいデザインをやってみる、という日々です。
彼とも平和に仲良く過ごしていて、先日4ヶ月となりました。

3ヶ月目のときは「もっとビビらずに、言いたいこと言っていいから」と言われました。
おかげさまでもはや、家族みたいな感覚です。笑

彼が引っ越したことから、片道1時間かければ会えますが、前ほどは頻繁に一緒にいられなくなりました。
しかし、夜に電話かけてくれたり、ときどき会えることをとても楽しみにしたり、と、距離なりの接し方をしています。
また、彼はここからデザインの道へ進む決意をしたので、デザインの話ししたり、抜かれぬよう焦らせてもらえたりするのもありがたいです。

自称「勉強が特技」というだけのことはあり、ちょっとした雑学や、私の苦手な歴史分野のこととか、教えてくれるのもよいです。
(勝手に知識が増えていくこの感じは、幼い頃の兄との関係に似ているなぁ)
ま、おかげさまで私は彼に何を与えられているのかと少し焦りを感じることもありますが!

まだまだ、本気で何かに向かうことがそこまで出来ていない感じがするので、もっと精進したいものです。


できることひとつずつ、やっていきます。
…精神安定しすぎていてなんかもっと頑張れるはず!って思えてきています。笑
[2012/05/12 17:42] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ネガ
近況報告をまじめ…くらめ?に。

※仕事している人からすると、私がなんともおこちゃまに感じられるかと思いますが、一応前提として、私はお金を払って学生をしている身だと思って読んで頂ければと思います。


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忙しくて忙しくて…というより本当は忙しくないのかもしれないけれど、精神負荷がいつの間にかどすんと私のうえにあぐらをかいていた。
その重みに耐えかねた体は、先々週の水曜に、症状をみせた。
いま、大学に行こうとするとき、取りまとめをしている展示会のことやプロジェクトのことを考えるとき、体がかゆくなります。
皮膚科に行ってみたけれど、見える形で症状として現れていないので、原因がわからない、とのことでした。
自分でネットで調べてみたところ、多分、皮膚掻痒症?
とりあえず薬を飲んだり塗ったりしています。

一週間、ある先生から展示会のシンポジウム(本当は先生が企画するから先生同士でコンタクトとるべき)について毎日毎日、メールと電話で「ブログで紹介したいから精査された情報を送る」ように催促がきました。これが最近では最もつらい圧力で、少しでも遅かったり、出来なかったりすると「責任がある行動とは思えない」「行動がそもそも遅い」などと言われました。行動が遅いのは自分でも分かっていましたが、責任感がないと言われた事は、自分の中の何かが壊れるような感覚がありました。

加えて同時期、所属している研究室の先生からプロジェクトの件で呼び出しを食らいました。この、プロジェクトの中の1アイテムは、これまであまりうまくいっていない状態から引き継がれたものでした。それでもなんとか関わる方法を模索して、造形でのサポートが唯一できること、となって、これを失敗するとプロジェクトとして流れるような状況でした。私は多忙さから、その造形を先生に相談なく(しかも1日で)制作し、確認する前に送付してしまいました。そのため、今回、激怒した先生と対面することとなりました。
「プロジェクトの命運がかかっているという状況が分かっているのか」「これまでどれだけお金と人員と時間を費やしたと思っているのか」と怒られました。これは全くその通りで、私に非があると思っていたので受け止めました。しかしながら、「責任感ないとしか思えない」と言われたことは受け止められず、心がパリンと割れました。

責任感とは何なのでしょうか。結果が伴わないと責任感がないと言われてしまうのでしょうか。
責任感がなければ、前者はそもそも私の管轄外だから対応なんてしませんし、後者は研究計画書をまるっきり無視され配属されたプロジェクトですから任務を全うしたいとも思いません。自分なりに時間や体力、本当にやりたいことにかける時間、お金、いろいろ費やして出来る事をしていました。(でもこれは、している「つもり」止まりだったのかもしれません。)
今までのことが一瞬で崩壊するくらいの「責任感がない」という言葉が大嫌いになりました。

叱られてから先生に対して独特の不信感?恐怖?…なんとなく壁ができてしまいました。
一昨日、追いコンでお酒まじりでようやく少し、素直な気持ちを話せて、先生も受け止めて下さいました。…と言いたいところですが、最後に「そもそもこれはお酒の場で話す事でもないし、泣きながら話す事でもない」と言われてまた壁が厚くなってしまいました。大切な事ってそんな風に、話すシーンを考えなければならないのですね。涙を伴わなければ本音を上手く話せない私は、ではどうすればいいのでしょう。


1年間つもりにつもった、それぞれは「少し」のもやもやですが、それが集まりいま、とても大きくなってしまいました。毎日心を殺して、すべきことをやっているような状態です。

このままではプロジェクトとしても良くないし、体にも悪いので…4月からの身の振りを少し考えています。
どんな風に変化させるかは分かりませんが、少しでも自分の気持ちが前を向けるような状況に変えられたらと思います。
[2012/03/19 00:29] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「夢」
就職活動をしていて、(前もそうだったんだけど)
だんだん、デザイナーになんてなれないんじゃないか
なれない=向いていない んじゃないか、と思い始めてしまうときがあって。
もう、デザイン職目指すのなんてやめて、
総合職とか、そういうのをすべきなのかもと思っていました。
で、絵は趣味で描く、みたいな。…つい最近まで。

でも、その気持ちがなぜか、一瞬で、吹っ切れました。
消えました。

そのスイッチになったのは、
彼と、彼の薦めてくれたブルーハーツ。

彼の聞いている曲を聞いてみたいなぁと思って、
何曲かiPod shuffleに入れさせてもらったんです。
その中にブルーハーツを含ませてもらっていました。

ただ聞いていたんですけど、先日改めて彼が
「夢、って曲聴いた?」
「あれ、良いよね。」
と言ったのです。
そのとき、就活の話も少ししていたからでもあるのでしょうか。

その言葉をうけて、改めて「夢」を聞きました。

“家から遠く離れてもなんとかやっていける”
“夢が叶うそのときまで、夢見心地でいるよ”
“でたらめでも本音でも、本気でもうそっぱちでも”
“暗い夜にひとりでも、夢見心地でいるよ”

“ほんもののゆめを みるんだ!”


いろんな言葉があって。それと、以前彼が
「デザイナーを諦めるのはまだ早いんじゃない?楽しいことやろうよ。」
と言ってくれたこととカチカチとはまっていきました。


すごくね、単純かもしれないけれど
なんか、スイッチだった気がします、この曲。


歌われてるものが私にとっては何だろう、って考えたら、
それってやっぱり、人をみて、その人たちを豊かにするモノを考えて
人に提案することで自分もたのしくて、
しかも生活が豊かになる人もたのしい。
そんなことだと思ったのです。

寝ても覚めてもいつもいつも考えるのは人間と、人間が関わるモノのことなんです。
それ、才能ってしてもいいんじゃないかな?だめかな?笑



多摩美の学長の五十嵐さんの言葉を借りると
「デザインもアートも楽しい。
 しかも、世の中を豊かにする。
 その上、お金を得ることもある。
 これ以上、望むことがあるだろうか。」



もうちょっと頑張ってみるよ。
行き先を海外にも向けて。
[2012/02/26 19:35] | 見返したい | トラックバック(0) | コメント(0) |
リーダーには向いていないと思う
察しました、私。
自分はリーダーには向いていない。
…というか、リーダーは自分にとって割と苦痛なポジションであります!

今通っている大学の8つの、少しデザインと関わりのある感じの研究室が、
合同で例年3月に展示会をしていました。
その統括の役割を今年、担っています。

ことの発端は、沈黙に耐えられなかったこと。

5月のある研究会の日。
研究室でその展示会の担当者を決める際、
「誰かやってくれませんか?」と昨年役員が呼びかけました。
それに対して流れる沈黙。
その空気は「誰かやれよ」と文字が書いてあるようなものでした。
最初に耐えられなくなったは私でした。
私は外部から進学してきた、言わば「よそ者」で。
その研究室(その大学に於いても)経験値は一年生のようなものでした。

その時は仕方なく手を挙げたけれど、きっと他の研究室の人とも関われるし
仲良くなってみんなで良いものをつくれる、と思っていました。

後日、8つの研究室の代表者が集まった会議で、昨年の統括が言いました。
「今年の統括は、他の研究室にお願いしたいと思います」。
研究会のときのように、押し付け合いの空気が流れました。
結局「じゃ、次回会議の司会だけでも指名しますね」と昨年統括は宣言し、
人数が多い研究室の院生だから、ということで、私を指名しました。

次の会議でも結局、統括は決まらず、耐えかねて「じゃあやります」と言ったのが、
間違いの始まりだったのではないかと思っています。

いくつ研究室があって、それぞれどのような特徴があって
そもそもこの大学はどのようなシステムで
どのようにその展示会が開催されていくのか。
すべて知らない1年生の私がやるべきではなかったのでしょうね。
(前回の展示会に行ってすらいないですし)


現在、開催まであと1ヶ月ちょっとです。
しかしまだ、決まっていないことが昨年よりも遥かに多く
最近は、進行が遅い、どうなっているのだ、と沢山の苦情を仲間から頂いています。
人を操ること、仕事を振ることがなんとも下手で、
がんばるってなんだろうなぁと思いつつ、「がんばって」います。

遠回しの苦情メールを見るたび、胃がキリキリと痛みます。

けれど泣いてもいられないのでね、なんとか開催までつなげたいと思います。

自分の苦手…というか、やりたくない仕事が明確にわかりました。
私は、人の上に立って、各担当の動きを把握して、全体のすべき予定を組んで、
外部とそれぞれの担当をつないで…ということは、苦手なようです。
ここまでやっていて苦しい(そして楽しくない)仕事は始めてでした。
やっぱり、「すきなこと」って、本当に「すき」なのだなぁと。


なんだか無責任ぽい文章になりましたが
責任はもっています。やり遂げる覚悟はあります。
…ただ、力不足だなぁと、嘆く場所が欲しかっただけです。

[2012/02/16 22:19] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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